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カテゴリ: 祖父・祖母

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600: 名無しさん@おーぷん 2017/08/15(火)13:24:05 ID:EaC
終戦記念日になると思い出す祖父の話
当時学生だったうちの祖父は終戦間際に召集されて九州で終戦を迎えてる
すぐには帰れずやってきた進駐軍の荷物整理を手伝うことになった
でも進駐軍とはわりと仲良くやってたようでみんなギスギスすることも敗戦だって暗くなることもなかったみたい
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831: おさかなくわえた名無しさん 2019/03/19(火) 16:42:41 ID:Qbr8jeCM
大人になってからの修羅場。 
胸骨の辺りが痛くて痛くて仕方なくて鏡で見たらニキビみたいなのが出来てた。介護事務やってて幸い看護師さんが居て症状を話すと、ヘルペスの一種の帯状疱疹だねと言われた(知らない人はググって 
凄く痛いから早退して病院行っておいでって言われて診察結果も帯状疱疹(ヘルペス)だった。 
そのまま帰宅したら、数日前から胸骨に激痛するって言ってるのを心配してた心優しい祖母が何の病気だった?と聞いてくるので、ヘルペスだったよと答えた(帯状疱疹って初めて聞いたし分からないと思って 
そしたら、言うが早いが「せい病とかこのふしだらが!」って怒号と共に凄い力でビンタされた。 
そしたら祖母の腕が骨折して泡吹いて倒れて救急車呼ぶ羽目になって修羅場だった。
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542: 名無しさん@おーぷん 2014/09/21(日)14:47:52 ID:???
ちょっと違うタイプの衝撃話。

私の祖父は昔はとても短気な人だったらしい。
私の眉毛の上には2cmほどの傷があって(傷の位置はフェイクです)
その傷の原因を作ったのが祖父だと言う事は聞いていたので
(祖父が暴れて割れたガラスの破片が直撃したとか)
よく暴れたという周囲の話は本当なんだろう。
だけど、私の記憶にある祖父は
たまに激高するときがあったけど
度々ってわけじゃなかったから
“怒ったら怖い人”と言う程度の認識だった。
暴れる姿なんて見たことなかったし、
普段は無口で矍鑠としてて、
私はそんな祖父をカッコイイと思ってたし、
その傷の事も、私自身はそれほど気にしてなかった。
うんと小さい頃の傷だから、黒子と一緒で
それも含めての自分の顔と思ってたし。
だから“おじいちゃん子”というわけじゃないけど
祖父にはそれなりに懐いてた。
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871: おさかなくわえた名無しさん 2012/09/13(木) 20:23:26.55 ID:IS1DuPca
子供が友達に「俺のお父さんはベンツに乗ってるんだぞ。お前の家passoとかだせぇ」と馬鹿にされたらしい。 
いいじゃん、passo。街乗り楽だし、かっ飛ばすわけでもないのにと俺は思った。 
でも、遠方に住む爺がその話を聞いて激怒。 
2日後にある授業参観には俺が出ると言って、電話をガチャギリ。意味がわからなかった。 
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232: 本当にあった怖い名無し 2009/06/14(日) 16:48:20 ID:tJRfNtV0O

はじめまして。文才全くないので自信はありませんが、実際にあった話を書きます。 


私の家族は父、母、兄、私妹、祖母の6人です。 
先月なくなった祖母の話をします。 

祖母には私が小さい頃、よく可愛がってもらったのを覚えています。 
いつも優しくて私は祖母が大好きでした。 
そんな祖母が亡くなる前日に喧嘩をしてしまったのです。 
その日は午前中から老人会という集会があって、祖母が出かけ際に 
「鉛筆かなにか書けるモノを貸して欲しい」 
と言ってきたので、私は急いで近くにあった私の鞄からペンを取りだしました。たまたま取りだしたのが、誕生日に友人が買ってくれた可愛いペンで初めて誕生日プレゼントを貰ったというのもあって大切にしていました。 
が、急いでいたこともあって、祖母に貸しました。 
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956: おさかなくわえた名無しさん 2010/04/27(火) 19:14:48 ID:liHSUtzW
うちにはかつて数億円の財産があったらしいが、うちの婆ちゃんが1人で使いきったこと。 
約20数年で…。 

うちの爺んは福島から関西に出てきて、とある企業を設立。 
それが成功し、まだ子供だったうちの親父達家族はそりゃ裕福な生活をしてたらしい。 
ところが爺ちゃんん、好物の塩辛いものを食い続けたことがたたり、46歳の若さで脳溢血でポックリ逝く。 
親父達子供はまだ大学生だったし、路頭に迷うか…と思ったら 
生命保険と爺さんがコツコツ稼いだお金、その額数億円にも上った、らしい。 
そして子供たちはそれぞれ独立し、婆ちゃんは1人で、爺ちゃんの残した遺産で悠々と暮らしていた。 
旅行にはいきまくるわ骨董やら買いまくるわ、日本舞踊は習うわ 
そして私達孫にもおもちゃとか、高いものではないけど買ってくれたり。 
極稀にパートはしてたけど、日雇いの清掃員とかそういうのばっかり。 
子供心に、年金ってたくさんもらえるんだなぁと思ってた。
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93: おさかなくわえた名無しさん 2013/11/29(金) 17:48:20.49 ID:0udJAx2s
スレチだったら許して。 
夫の実家はいわゆる「代々続く大きな家」。 
そんな家の、私から見た義祖父のこと。夫の父親の父親。 
1945年の原爆のせいで義祖父の行方が不明に。間も無く終戦を迎え、義祖父の職場から懐中時計や写真立て、帳面なんかが義祖母(夫の父親の母親)の元へ届いた。義祖父は遺体不明のシ亡扱いで故人に。 
いわゆる大きな家の次代がシんでしまった。しかも、せんそうの中子供が生まれても幸せにはなれないと時の当代だった義高祖父(夫の父親の父親の父親)が言ったため跡取りなし。家中が悲しみに包まれた。 
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337: おさかなくわえた名無しさん 2012/12/26(水) 01:18:05.81 ID:R3U7LaYz
服を買いにきた2〜3歳くらいの男の子とその両親とおじいちゃんとおばあちゃん。 
おじいちゃんが某海賊アニメのトレーナー見付けて男の子に見せたた。 
爺「孫くん、これはなに?」 
孫「わんぴーしゅ」 
爺「これは?(ゴムゴム)」 
孫「わんぴーしゅ」 
爺「これは?(医者)」 
孫「わんぴーしゅ」 
爺「これは?(料理人)」 
孫「わんぴーしゅ」 
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