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タグ:両親

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このお話は
【2/3】俺『長い間、良く頑張ったね。お疲れ様。』妻の長い戦いは終わった。癌が見つかって余命3ヶ月、長くて半年、と言われてから6年と8ヶ月が経っていた・・・
の続きです。


406: 334 2010/10/27(水) 22:03:19
通夜が始まり、友人知人たちが沢山来てくれた。
妻の好きだったミニーの気ぐるみパジャマを着せ(妻との約束)ミッキーとミニーのブライダルペアマスコットを添えてあげた。
それも父は気に食わないらしい。
通夜が終わって、僕の友人が残ってまで力づけようとしてくれていた。
義兄は来てくれていた。義母は来なかった。
遺影選びで不貞腐れた父は、通夜が終わるとさっさと自宅へ戻り、酒を飲んでいるらしい。
僕の友人たちは義兄と面識が無い。当たり前の話だが。
その友人たちに義兄が絡んだ(素面なのに)。
「お前ら、何人の顔ジロジロ見とるんじゃ!!」まるでヤ○ザの因縁である。
二者を隔離して、友人たちに詫びた。
喪主はとにかく忙しい。悲しんでいる暇すらなく、目まぐるしく立ち回る。
すると自宅に戻っていてくれた弟夫婦と何かあったらしく、
弟に父が切れ、取っ組み合いの喧嘩をした後、家を飛び出した、との電話。
飲みに出掛けたらしい。

じっと妻の傍で静かに悲しみをこらえる息子だけは、そっとしておいてやりたかったので、
それにのみ気を配り、後は機械的に動いていた。




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このお話は
【1/3】俺『長い間、良く頑張ったね。お疲れ様。』妻の長い戦いは終わった。癌が見つかって余命3ヶ月、長くて半年、と言われてから6年と8ヶ月が経っていた・・・
の続きです。


371: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 15:34:24
>>332です。
応援して下さる方々、有難うございます。

妻の終末医療が始まった。
搬送されたときのショック症状も和らぎ、安静にして眠っている状態。
担当医の意見では、
「腸間膜に豆が撒かれているように一杯転移している。手術などで取りきれるようなものでは既にない。
それが腸へ栄養を運ぶ血管を圧迫して塞いでいる状態。遠からず腸が壊タヒをして、
恐らくはそれが原因となるタヒ、ということになるだろう」とのこと。

一月持てば良いほうだそうだ。
それでも覚悟の出来ない自分。しかしそれよりも、妻との約束で僕は頭が一杯だった。
「苦痛だけでも取って頂ける方法というのは在るのでしょうか?」と尋ねると、
「もう、小腸から先は機能していないと思われますので、何も食べられないし、飲めません。
点滴で維持するのみですが、それでも段々と弱って来るでしょう。苦痛の方ですが、
痛みについては、モルヒネなどのパッチや点滴を使うことにより和らぐものと思います。
ただ、どうしても痛むようでしたら、そのときは最後の手段として、ドルミカムを使って意識レベルを下げる方法があります。
ただ、そうなると、もうずっと眠っていることになりますから、お話も出来なくなります。」とのこと。
…妻との約束、それにはこの方法しかないということらしい。

必ずやって来るお別れに対して、カウントダウンが始まった。僕たち家族の時間はどんどん減っていくのみだ。

続きます。



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※このお話には続きがあります。続記事22:00


334: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/19(火) 20:31:03
自分語りスマソ。
話の始めはスレ違いに思えるかも知れないが吐き出させてくれ。

10年前の春、私(♂)夫婦と同居している私実両親のうち、母が3年の闘病の末亡くなった。
俺様な父は自分の妻の葬儀にも喪主を私にマル投げ、面倒なことは全て私と妻がやり終えた。

居なくなった母の家庭内での役割を出来るだけ私達夫婦で分担したつもりだが、
私には仕事もあるので、夕飯時などは妻が家事を一人でこなしていた。
父は止める母が居なくなったのを良いことに朝昼晩と酒を絶やさなくなった。

後から判ったことだが、どうやらその頃から、舅の嫁イビリが在った模様だ。
妻は、当時独立してまもなく自営業を軌道に乗せようと必死になっていた私に心配を掛けまいとしていたらしい…

母が春に亡くなり、その夏、妻の身体に異変が起きた。

末期の癌であり、早くて3ヶ月、もって半年だと言う。


長くなるので、分けて書きます。



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306: 名無しさん@おーぷん 2015/08/12(水)07:05:31 ID:DxQ

一家離散した結果が因果応報www

もう随分昔のことですが、スレ読んでいるうちに思い出したので投下。
文才がなく、ムダに長くなってしまいましたがよろしければお付き合いください。
文中、消化不良なところがあったら「文才ねえなこいつ」でスルーしてください。

うちは上が女3人の4兄弟。
次女の私と三女の妹が年子。長女は早生まれで学年は三つ上。末っ子の弟だけ年が離れている。
それなりに資産家な両親だったが、両親の思想は長男教の変形で長女の姉ばかり大事にされていた。

跡取りだからと姫と呼び、玩具もお小遣いもほしいだけ与えていたが、どうせ嫁に行くんだからとすぐ下の私たち姉妹は捨て置かれた。


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12: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/11/04(火) 00:58:59.29 ID:VujQFEwc.net
小学3年の夏休みのこと
母親に連れられて初めて叔母(母の妹)夫婦の家を訪ねた
母親は俺を置いて帰り、それきり迎えに来なかった
後から聞いた・調べた話を総合すると
・母親が浮気してて俺の皿縁場の父親もその浮気相手
・それが父親にばれて激怒され、浮気相手にも逃げられる
・離婚されると行く当てのない母親が父の怒りを鎮めるために俺を捨てた
という流れだったらしい


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750: 名無しさん@家庭ちゃんねる 2015/03/12(木) 18:18:20
かなり長文です。
あるまとめで、発達障がいの姪の面倒を押し付けられて
旦那と離婚して姪のお世話から脱出した女性の話が
ありました。そこのコメ欄では、その姪が加害者だと
糾弾されていました。当人ではもちろんないのですが
私は姪の立場の人生を歩んでいます。辛くて脳みそが
限界なので、吐き出させて下さい。ネタと思って
頂いてかまいません。
私は生まれつき四肢の一部が欠損していました。
エコーの段階で気付き産むかどうか一悶着あり
結局私は産まれました。両祖父母は私が産まれるのは
反対だったそうです。実母が反対を押し切って
私を産んだそうです。その時にカ○ワの娘はいらないと
いうことで、実父と実母は離婚しました。
そして、実母と実母の実家で暮らすことになりました。
その頃のことはあまり覚えていません。
ただ、実母のことは好きでした。だから、実母が
帰ってこなくなった時、私は4歳でしたが
どうして帰ってこないのか、何度も同居していた
伯父伯母夫婦に聞いたのを覚えています。
祖父母は私のことを疎ましく思っていたのを
感じていたので、あまりはなしかけませんでした。
ここで、実母実家の家族構成を書きます。
実母→4歳の時に帰ってこなくなった
伯父→実母の弟
伯母→伯父の妻
祖父母→私のことは嫌いだけど、実母と伯父は
大切なようだった。
従姉妹→私と同級生の伯父伯母夫婦の娘。
子供の時は仲良く遊んでいた。
実母が消えてから、家に「おかあさん」は
伯母さんしかいなかったので、私は自然と
伯母をおかあさんと呼ぶようになり、
実の娘でないことは理解しながらも、私のお世話を
全部してくれる伯母を本当の母のように思うように
なりました。


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5: 1/3 2014/01/16(木) 22:15:59 ID:+SkRT8rX0
スレ違いかもしれないけど

私の両親は、夫婦仲はいいけど子供の私から見てかなり抜けているというかマヌケな大人に見えた
思春期にもなるとおっちょこちょいで世間知らずで空気が読めないと心の中でバカにしてもいた

そんな母親が私が結婚したときにコッソリと
「あんたを妊娠している時に、お母さんはお父さんの相手出来なくて浮気するんじゃないかって不安で泣いたことがあるの
それを聞いたお父さんは毎日夜に自分で慰めてシャセイして、浮気してセーシの量が減ってないか見せてくれたの」
というようなことを得意げに教えてくれた

分けます


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173: 愛と死の名無しさん 2013/10/05(土) 16:30:18.41
披露宴で、親に恨みをぶつけるに立ち会った事がある。

新婦の両親は、世間一般的に見て立派な職業に就いているが、子供には無関心。
子供を放置して、仕事と趣味に勤しんでいた。
幸い、新婦は近所の親切な親戚が、ほとんど全て育ててくれて、ぐれずに済んだけど。
親は、育児を親戚に押し付けている事を隠して
「子育てと仕事を両立。趣味も疎かにせず、輝いているアテクシ」
と、マスコミにも何度か紹介されていた。



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