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タグ:両親

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500: 名無しさん@おーぷん 2015/12/22(火)20:08:22 ID:uMx
母が弟を捨てる所を目の前で見たのが修羅場
滅茶苦茶長文なので嫌いな方スルーして下さい

私には1歳下の弟がいる(仮名・ゆうすけとします)
小さい頃私達一家(父母私弟)は父方の祖父母と同居していた
よくある話だけど祖母は母と折り合いが悪く、その息子である父も自分の母親言いなりだったようだ
祖父は非常に無口な人ではっきり言って空気だった
祖母と父は、弟を異様に可愛がって…というか甘やかしていた
姉の私とははっきり差別があった
弟だけ決められた時以外でもオヤツを食べて良かったし
嫌いな食べ物を残しても、オモチャを散らかしても怒られない
5歳の弟が花瓶を投げて割った時も、一緒に遊んでいた私が叱られる有様だった



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479: 名無しさん@おーぷん 2015/09/20(日)22:37:28 ID:Zuy
無人のようなのでまったり書き込みます。

高校生のとき、ひと月の間に両親を相次いで亡くして喪主二回やったのが修羅場。

母親は先天的な心臓の欠陥からくる虚弱で、入退院を繰り返している人だった。
普通のサラリーマン家庭で育ったが、友達のように「じーちゃん」と「ばーちゃん」はいなかった。

推薦で大学が決まってボチボチ車の免許を取ろうとしていた時期に父が車の事故で他界した。
訃報を聞くなり母が卒倒。救急車で病院に運ばれそのまま入院した。
「祖父母」という存在がいなかったように、「親戚」もいなかったから自動的に喪主をやることに。

父の勤め先をはじめとした周辺への連絡、火葬の許可など、何から着手していいのかわからないままご近所さんたちの知恵と手を借りてどうにか通夜にこぎつけた。
喪主の席で坊さんの背中を見ながら思ったのは、「坊さんもタダじゃ経をあげてくれないんだなー」ということ。

預金の名義が父になっていたことから、父が亡くなったことで凍結。
相続の手続(?)が住むまで下せなくなっていて、葬式代の工面に大わらわした。
(大学進学を機に一人暮らしする予定だったので、両親があらかじめ私名義で積立をしてくれていたので、そこから支払った)

ここまでが第一の修羅場。


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386: 名無しさん@おーぷん 2016/04/08(金)12:05:31 ID:rxp
20年以上前、私が幼稚園児の頃の両親の修羅場

ある日私が幼稚園で熱を出した
連絡を受けた母が私を迎えに来て、その足でかかりつけの小児病院へ
当時の私はひ弱でしょっちゅう熱を出していたので
まぁ今回もいつもの風邪だろう、ちょっと薬を出してもらってすぐに帰れるだろうと母は軽く考えていたのだが
診察の結果はなんと髄膜炎
私は入院病棟に搬送され、母は入院の手続きやら説明やらのために足止めされることに

そうこうしているうちに(元々の診察の待ち時間が長かったのもあって)夜になってしまった
そういえばそろそろ父が帰宅してくる時間のはず、連絡を入れておかないと心配する…と母は思ったらしいのだが
まだ携帯も無い時代だったし
病院内の公衆電話は母が待たされている場所からは少し離れたところにあって
電話をかけに行こうとすると看護婦さんに
「もうちょっとで手続き終わりますから!そこから動かないで下さい!」
と言われてしまい身動きが取れなかったそうだ


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97: 名無しさん@おーぷん 2016/03/12(土)16:54:05 ID:iwV
一昨年の今頃、母から電話がかかってきて
「A(うちの弟)の婚約者Bから「Aさんにおふくろの味を覚えてほしいって言われたから、料理教えてください」と言われた」
という内容のことを言われた。
弟は母の味に執着していたことはなかったから、へーとは思ったけど、
結婚を目前にすると違うのかな?と「いびりなんかしないでちゃんと教えてあげなよ〜アハハ」と冗談を言って切った。
半月くらいして、母からパニクった電話がかかってきた。
弟と婚約者に関することらしいが、要領を得なかったので私から弟に電話した。
弟もやっぱり感情的で何を言ってるかわからなかった。
何があったんだ?と混乱していたらBから電話があって、やっと修羅場の全容が掴めた。


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253: 名無しさん@おーぷん 2016/11/04(金)23:43:28 ID:PW3
父が脳出血で急逝した。
母のことが大好きな父だった。仕事の虫だったが、年に一度必ず家族旅行に連れていってくれた。
私たち兄妹の進路について真剣に相談に乗ってくれる、真面目な人だった。
後1年で退職することとなり、倒れる1ヶ月前の正月に家族で集まったとき、
「退職金は、母さんと二人きりの世界一周旅行に使うからな、お前らは期待するなよw」
と言いつつ、すでに一人立ちしている私たちにお年玉をくれるような人だった。
父の葬儀が終わるまでは気丈に振る舞っていた母だったが、49日法要が終わり納骨が済んだとたんに心労で倒れ、しばらく兄夫婦の家で面倒を見てもらうことになった。


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351: 名無しさん@おーぷん 2016/06/25(土)22:57:46 ID:MVG
粘着質な奴って怖いよな。
俺が幼稚園児の時の話なんだが、母の元カレだか元婚約者だという男が深夜に凸かましてきたことがある。
はなたれ小僧だった俺は断片的に・・・頭おかしい男が騒ぎ立てたという事しか覚えていない。
兄(7つ上)俺が本当の父ちゃんだからと血走った目で言われたらしい。
母はその後、1年足らずで天国に。事故だった。
男の真相は母の口からは聞いていないが、俺が成人してから父が包み隠さず教えてくれた。
父と母は高校の同級生で男は1学年上の先輩だった。
当時から交際していた両親は、思春期の気恥ずかしい感覚が未だに残っていて、体のカンケーは一切無しで仲良く手をつないでデートするのがせいぜいだったらしい。
男は文化祭のステージで踊る?母に一目惚れ。猛アタック開始。
男の粘着質な感じは当時からヤバかったらしく、誰も知らない2人の交際事実を知った。
父は甲斐性無し、好きな女とヤれないヘタレだと学校中に言って回り、瞬く間に2人の交際が知れ渡った。
父は今で言う陰キャラって言うのかね。パッとしない地味男だった。母は可愛らしく、そこそこモテていた模様。


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534: おさかなくわえた名無しさん 2013/06/24(月) 14:41:05.75 ID:WOwS62yW
父が浮気し、さらに両親が離婚した

父が飲んだくれのD V親父で…ならともかく、私と二つ下の弟が小さい頃は
季節ごとに色んな所へ連れて行ってくれた
遊園地やファミレスにはあまり言った事が無かったけれど、
どんな事でも家族がいたから楽しかった
母も変な人ではなく、ちょっと気は強いけど優しい母だった

ある日、夜にどこかの部屋からガシャーン!という大きな音がして目が覚めた
その頃私は中学生で、弟は小学生だったので二人で共有していた子供部屋に寝ていた
「何だろう、一階の方からだ」「泥棒違うんか」と二人で部屋にあったバットなどの
何かしら武器になりそうな物を抱えて恐る恐る音のした方へ行くと、
台所の電気がついていて、両親の怒鳴り声が聞こえた

「何なのよ!馬鹿にして!!」という母の高い声が更に高くなった甲高い声
「馬鹿になんかしてないだろ!!」という普段声を荒げる事のない父の怒鳴り声
これは普段のささやかな言い合いレベルの喧嘩ではない、とすぐに私達は気づいた

二人で息を潜めながら聞き耳を立てていると、
どうやら父が他の女性とどこか出かけて正に先ほど帰って来たらしかった
その時の時刻は日付を越えた午前2時10分 今でも覚えている
そんな時間に、しかも異性と出かけて帰ってくるなんてどう考えてもおかしい
まさか、と思った 弟も目を丸くして私を見ていた



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701: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/01/28(月) 22:17:11
過疎っているからチラ裏ネタでも書くわ

これは不倫後結婚した夫婦から産まれた三男から聞いた話
その家庭の夫婦仲はよく、ダブルベットはあたりまえ、子供たちの前でもキスするような
睦ましさだった
それゆえ彼は結婚って素晴らしいな〜とズーット想っていた

彼が地元の国立大学を卒業後、その地方の経済に多大なる影響力を誇る企業に就職を希望し、試験をある程度クリアしたとき、
当然喜んでくれると思った両親の反応が鈍く、あまつさえその企業への就活を辞退するように勧められたそうだ
青天の霹靂だった為、渋る両親を問い詰めたところ『どうせ最終面接は通らないから・・』と言われ驚愕して、理由を問うた

すると渋々、自分たちが以前その企業の社員だったこと、結婚は不倫の末の妊娠、略奪だったことを告白された


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