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タグ:泣ける

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778: 名無しさん@おーぷん 2017/08/28(月)02:49:18 ID:tgE
亡くなった嫁の手紙を、捨てられたとき。
嫁が30ちょっとでなくなった。当時息子も娘も保育園の年齢。
病気だったから、準備の時間があって、俺、息子、娘にそれぞれ一年ごと、そしてイベントごとの手紙を書いてくれていた。
息子と娘は20才までと結婚、就職、親になったとき。
俺には60才までと再婚したとき、退職したとき、祖父になったとき。


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239: 名無しさんといつまでも一緒 2005/11/25(金) 23:59:01
俺の場合は俺が夜勤でいない間に男を家に上げていた。
それを当時幼かった子供達が見てるんだよね、勿論、ぬれ場では無いんだけどw
そんで、間男とチャットするのが忙しくて育児を放棄した。

晩飯は常にインスタントラーメン、風呂にも入れないから子供達だけで入っていた。
まだ小学校低学年だった上の子が下の子の髪を洗っていたわけ
んで、上手く洗えるわけないじゃん?
だから下の子は元々は風呂好きだったのに風呂が嫌いになってしまった。
俺が異変に気が付いたのは、休みの日に下の子と風呂に入ろうとしたら
俺にしがみついてガクガク震えながら泣いたからなんだ。
「お風呂嫌い、目痛い、嫌い嫌い」ってね
そこで、俺が元嫁に「どういう事なんだ?」と聞いたら
「子供の気紛れでしょ?そんな小さな子供の言う事を真に受けちゃダメだよ」
って言いやがった。



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149: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/03/01(日) 23:43:10
 すまん、別スレに誤爆しちまったんだ(・∀・)。こっちに書き込ませて
もらっていいかな?(・∀・)。

 まさかここに書き込むことになろうとは…。
 嫁、タヒんじゃったよ(・∀・)。49日終わったよ(・∀・)。結婚して
3年目(・∀・)。
 
 …この顔(・∀・)付けないと、もう自分が崩壊しそうなんだ。今も
崩壊中。嫁が職場で倒れた。電話を受けて俺が病院直行。そしたら医者が
「力及ばず、申し訳ありません…ご臨終です」。タヒ因はくも膜下出血。
最近はタヒなないのが多いらしいんだけど、嫁は運が悪かったらしい。





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504: 497 2007/02/23(金) 01:42:51 ID:TrRCJbWzO

飯も終わってケーキ食べる時に、いつもは向かい合うところを隣に座ったんだ。
で、頃合いをみて

俺「○○←嫁さん、俺さ、○○と結婚できて幸せだよ。
これからもよろしくね。愛してるよ。」って。ちゃんと言えた!って。
そしたら嫁さん怪訝そうな顔して
嫁「なに?何か欲しいの?ケーキなんて買ってきておかしいと思った。」って。

はぁぁぁああ?ですよ。

だけど俺だって嘘で言ったわけじゃないし、空気を悪くしたくなかったから

俺「え?俺ってそんな男に思われてたのw?
  本当に心から○○が好きなんだよ?」
って言いながら頭撫でたんだ。
そしたら嫁さん無表情で
嫁「ごまかさないでよ!」って手を思いっきりはねのけたんだ。
正確に言うと、はねのけようとした手が俺の鼻に直撃。

俺鼻血ダラダラ。

流石に頭にきて、テッシュで鼻押さえながら何も言わずに俺の部屋にたて籠もった。
で、泣いた。何か凄く悲しくてエグエグ泣いた。

嫁さんも結構焦った様子で、部屋に来るなり俺の鼻ティッシュ押さえて平謝り。
俺、いじけてるから「もういいよ〜ぅ。ヒッグ・・出っ・・・・てってよ〜ぅ。」って
泣きながら嫁さんを押し返してる有様。
つられて嫁さんも大泣きしだして、大の大人が2人してワンワン泣いた。


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801: 名無しさん@おーぷん 2014/12/01(月)17:47:54 ID:???

マンガとかドラマで見る「記憶が急に甦ってきて」を、リアルで経験したこと。

大学生の時、親戚の法事で久しぶりに会った伯母(母の姉)と、
お寺の小部屋でたまたま二人きりになった時、
「去年ね、あの人が亡くなったのよ。・・・せっちゃん。覚えてる?」と言われ、「誰?」と答えた。
すると「ああーいいの。何でもないの忘れてちょうだい」と伯母が言った。何だかなと思った。

その夜寝てて、切れぎれの夢を見た。朱色の玉のれん、袖を切ったトレーナー、きしむ板廊下、
くせ毛の髪をポニーテールの人。
それから飛び起きて、その時にはバーーーっと思い出してた。
せっちゃんは、私が幼稚園に入るまで育ててくれた人だった。

朝を待って伯母に電話すると、伯母は朝から長電話に付き合ってくれて、色々話を聞いた。

私が1歳の時、母が父の浮気にキレて、私を置いて家出したという。
父は浮気相手を家に上げ、子供は不要なので預け先を探してた。
その預け先が「えっちゃん」だった。

えっちゃんは父の知り合いの妹で、一人暮らししてるけど、軽い知的障害があって、
昼間の短い時間工場で軽作業をし、あとは障害者手当で暮らしてた人だったらしい。
父はその人に白羽の矢を立て、まとまったお金を渡して無期限で私を預けたのだという。

その4年後正式に離婚しようと母が戻ってきて、私が父の養育でなく知的障害者に預けられてる
と知って、父とえっっちゃんに憤慨し、すぐ私を引き取ったという。
その後間もなく幼稚園に入れられ、今まで私の人生の記憶はそこからしかなかった。

伯母は子供を残した母の家出に怒り、定期的に父に連絡してたが、私が手元にいないこと
を知らされず、会う機会も作れず、母と一緒に事態を知ったのだという。

母と一緒にえっちゃんの家に行った伯母は、袖を短く切った大人のトレーナーを着た
私に会ったのだという(子供の服を着せるという発想がなかったらしい)。

私を病院に連れて行ったが、予防注射などを打ってなかったり、
歩きが年齢相応でない(外で遊ばせたことがなかった)以外、健康状態は普通だったらしい。

伯母は母が私を引き取った後も時々えっちゃんの元を訪れ、お歳暮やらお中元やらと届けてたという。
去年訪れた時に、えっちゃんの訃報を知ったのだという。

電話を切った後、昔年疑問に思ってたこと(離婚してるとはいえ父に会ったことすらないこと、
伯母以外の親戚と疎遠なこと、子供の頃の話をすると何故か母が怒ること)が解決した。

話を聞いて母に悪い感情が浮かぶかといえば、自分も歳のせいかあまりそうでもない。
ただ、干し柿を食べては、干しイモを食べてはえっちゃんを思い出すようになった。

いつも硬い黄色いご飯、無茶苦茶な色の手編みのこたつ掛け、西城秀樹がテレビに出てたらすぐ
教えないといけないこと、くせ毛のえっちゃんと同じ布団で寝ると顔がくすぐったかったこと。
伯母が訪ねるたびに、私に会いたいと言ってたらしいえっちゃんにお別れを言えなかったこと。

泣きそうになると、昔えっちゃんに教わった通り、目をビッと横に引っ張ってこらえる。

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