タグ:糖尿病

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243: 名無しさん@おーぷん 2015/04/12(日)08:42:07 ID:XU3
因果応報というか、自業自得というか

高校時代のクラスメイトで自称「私はいくら食べても大丈夫!!!」な女N子がいた。
毎日甘〜いジュースや炭酸飲料を水やお茶代わりにグビグビ。
砂糖や炭水化物たっぷりのスイーツをバクバク。
でも実際N子はどんなに食べても太らない。むしろスリム。
皆が○キロ太った、ダイエットしなきゃ!的な体型を気にする会話をしていると割り込んできて
ダイエット?何それおいしいの?わたしそんなことしたことな〜いwww
と自慢しつつpgr
誰かが何かを食べていれば「それ以上食べちゃ太っちゃうんじゃない?あ、ダイエット中だっけ?協力してあげるよ!」
とpgrしながら人の食べてるお菓子や注文した料理まで掻っ攫う。
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670: 1/2 2017/01/16(月)12:17:11 ID:NfD
従兄が20代にして糖尿病発症
遺伝性なら同情するが完全に生活習慣
従兄の家は肥満が多いのでなりやすい血筋なのかもしれないけど
でもそれまでの食生活を見てるととてもそれだけとは思えない
母親である伯母が、従兄の糖尿発症後一気に食事制限を厳しくし始めて
従兄がぶち切れまくり
ついにはパティシエとして働いてる私にまで転職しろと言い始めた

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48: 名無しさん@おーけーちゃんねる 2014-05-18 08:19:33
病気やタヒ亡の話なので不快かもしれないので注意してください。
それと、上手くまとめる事が出来なくて長くなると思います。

トメは糖尿病を患っていたので食事制限をしなければならなかったのに
自分で食事の管理をしようとしないでお肉ばかり食べるような人でした。
野菜を食べてくださいとかもっと食事に気をつけてくださいと伝えてましたが
はいはいと流されて終わりされることがほとんどでした。
あまり強く言っても私の体は自分が一番判っていると言われる事や
どうせ長生きできないのだから、食べたいものを食べてさっさとタヒぬとひねくれるので
それならそっとしておこうと思いました。
何度か薄味でボリュームのある食事を作って食べてもらったりしたのですが
トメには薄味なのが不評で、お醤油をかけて食べられてしまいました。



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438: 名無しさん@HOME 2015/06/19(金) 22:39:58.05
うちの基地外は、2年前に氏んだんだけど、
氏ぬ半年くらい前から、もう家族みんな疲れきっていたせいもあるんだけど、
好きなものを好きなだけ食わせてたような…。
それが原因で氏んだわけではないんだけど。死因は別なことなので。

たとえば、
うちは小豆250gに対して、上白糖1kg入れてお汁粉作るんだけど、
等質が「全部食べていい?」って聞くもんだから、
「いいよ、たくさん食べな食べな」、って感じで。
要するに砂糖1kg一気飲み。 →等質ごきげん。
更に毎日コーヒーに砂糖スプーン山盛り5杯入れて、一日に何杯も飲んでたし。

デカいホットケーキ焼いて、
マーガリン320g入りのやつ全部乗せて一気に食べるとか。そういうことも。

玉子かけごはんは、どんぶり飯に玉子5個、
マヨネーズ+醤油ドバーとかけてたり。

家族が見てないときにも強烈なものを食べていたはずで…

「体に悪いから!」って言ってやめさせると、
また手に負えなくなるので。
家族全員疲弊しきってたので。

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759: 名無しさん@おーぷん 2014/10/19(日)12:26:29 ID:kCziJyRio

やりすぎDQN返し注意。

その家は父、母、子、祖母という家庭で、祖母が強権をふるっていた。

父は祖母の子なのだが、なぜかまったく逆らえず、
祖母の言うことにへーへーといつも従っていた。

母は姑と夫に抑えつけられて、家事とパートに出る以外はいつもぼーっと鬱気味。
子は男の子で、これまたおとなしい子。
その家の祖母は糖尿病で、きつい食事制限をされており、
自分以外の家族もいっしょに糖尿病食を食べることを強いた。

朝も夜も、味気ないうすーい食事。
くたくたに似た味のない野菜。玄米。

でも祖母はひとりだけ年金でこっそり
好物のアンパンと缶コーヒーを買って寝床で隠れ食い。

見つかっても「自分の金で買ったんだ、なにが悪い」とひらきなおる。
息子である父が強く言えればいいんだが、なぜか逆らえず言いなり。
祖母は自分以外の家族には買い食いを許さず、家計も管理。

子は給食だけが楽しみで、クラスのみんなが
まずいまずいと残す給食を一人でたいらげていた。
クリスマスやひな祭りの行事のときはケーキがつくのが楽しみだった。

彼の家がちょっとおかしいことはクラスメイトも知ってたし、
給食のケーキは申し訳ないがそんなにおいしくなかったので、彼にあげる子が多かった。
バレンタインも、そういう背景があって、彼はいっぱいもらっていた。

実際おとなしくてやさしい子で、そこそこ顔も頭もよかったので女子に人気はあったのだ。
しかし翌日彼はしょぼんとしていた。
祖母にみつかって全部チョコを没収されたそうだった。

彼が小5のとき、遠足があった。
遠足のおやつ用の300円を彼の母がなんとか
祖母の目を盗んで工面して「これで買ってきな」と渡してくれた。

みんなと一緒に駄菓子屋でお菓子を買い、
彼はリュックに入れて天袋に隠しておいた。
でもやっぱり祖母に見つかって没収。全部生ゴミに出された。


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016

450: 名無しさん@おーぷん 2014/10/04(土)13:47:49 ID:V56udzj77

うちは父がオドオドした気弱な人で、母は兄命な人だった。

私の3つ上の兄は、膿家でも旧家でもなんでもないのになぜか「俺は跡取り」とふんぞり返っていた。
私の幼少期に祖母が一時期兄を預かっていた時期があったらしく、そのせいかもしれない。
祖母は私が小学生になる前に亡くなったから、私はあまり記憶にないが、いろいろあったらしい。

兄は9歳で私たち家族の元に戻り一緒に生活を始めたが、
狭い社宅で祖母宅から戻った兄にひと部屋与えられていた。
祖母が買い与えた家具などが収まらなかったからだと思う。

6畳の部屋が3つあり、一つは兄の部屋、一つは両親と私が布団を並べ寝る部屋、
もう一つにコタツやテレビがあり
居間として使っていたのだが、兄はこの居間のテレビの真正面から動かない人だった。

こちらに戻ってきてから少年野球を始めたが高校に入る前に辞めてしまい、それからものすごく太った。
そして癇癪持ちだった。コタツが部屋の真ん中にあり、兄は壁に持たれてテレビを見る。

こたつの向こう側へ行こうとすると兄の後ろか、テレビの前を通らねばならないのだが、横切ろうものなら
リモコンを投げつける、お茶の入った湯呑を投げつける、ティッシュの箱ならまだマシだった。

兄がテレビを見ているときは家族全員ビクビクしていた。
ゲームを始めるともう2時間はその部屋には入れない。

私が中学生になった頃から、兄からぼう力を振るわれるようになった。
無言で突然後頭部を叩いてきたり、食事中に学校であったことを両親に話している私の脚を、
テーブルの下で脚を蹴ってきたり。

私は父のように気弱でもなく、母のように盲目でもないし、兄と対等の立場と思っていたので、
その都度言い合いになるのだがいつも私が我慢するように言われていた。

当時私は中学2年生。兄は不登校な17歳。
両親共働きだったので、私は部活もできず下校して、買い物に行き洗濯物をとりこみ
掃除機をかけ夕食を作らねばならなかった。兄は一日家にいるが一切なにもしなかった。

その日も急いで家事をしなくちゃと思っていたが、内心はクラスメイトと文化祭の準備をしたかった。

なんで自分だけこんなおばさんくさいことしなくちゃいけないんだろう。
なんで兄は何もしないのにいろいろ買ってもらっているんだろう。
と、不満がたまりに溜まっていた。母に訴えたこともあったが母は
「お兄ちゃんは苦しんでいるの。家族なんだからわかってあげなきゃ」
「お父さんもお母さんも苦労して育てているのに、なんでわからないの?」
と、
泣き出すのでこちらも苦しいし改善は望めなかった。

その日、帰宅した私に兄が買い物に行くなら○○(お菓子の名前)買ってこいと言われ、
我慢できずについに苦情を言った。
みるみる顔が赤くなったと思ったら、
「お前!なんなんだよ!お前!なんなんだよ!」って絶叫されて
コタツの上にあったものすべて投げつけられ、顔を庇って背を向けたら激痛が背中にあって、
そのあと気を失ったみたいだった。

後から聞いたら、コタツの天板を投げつけられていた。左太ももの骨を骨折していた。


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NJISF2Ba

367: 名無しさん@HOME 2012/01/27(金) 22:19:40.74 0

落ち着いたので聞いて欲しい(´・ω・`)

元々高校の同級生だった旦那と、トメの反対(可愛い息子たんがあんな女に~)を押し切り結婚、
しばらくノータッチで別居し数年たったある日。

突然トメ来襲、よくよく話を聞いてみると
「糖尿病と診断された。このままだと死ぬらしいから面倒見ろ」とのこと。
確かに納得するほどのおデブに成長していたトメ。

一人暮らしをしていたアパート(ウト既に他界)は解約し、家財はすべて売ってしまった。
本当に大事なものととりあえずの衣服を3つの大きなキャリーバッグに詰め、
知り合いに車で送ってきてもらったらしい。

とりあえず放っとくとうるさそうだったので家に上げ、
帰ってきた旦那は「まぁしょうがないから面倒見てあげてよ…」
まぁ、結婚してからしばらく時間が立ってたし、
ぐちぐち言って来なかったのでとりあえず良いかな、と思った私が甘かった。

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