タグ:闘病

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809: 名無しの心子知らず 2006/11/20(月) 22:27:46 ID:CLdfNGxn
数年前の話。
長い闘病生活の終わりの兆しが見えたころ、主人と娘達がおこづかいを出しあって、
私に二泊三日の北海道ツアーをプレゼントしてくれた。
ある日、近くの友人が遊びにきて「○○日に買い物に行かないか」と誘ってきた。
丁度その日の前の日から旅行に入るし、断ったら、「そのチケットキャンセルしなよ!
(戻ってきた金に)私も一万くらい出すから、二人で近場を旅行しよ!」と、言いだした。
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このお話は
【2/3】俺『長い間、良く頑張ったね。お疲れ様。』妻の長い戦いは終わった。癌が見つかって余命3ヶ月、長くて半年、と言われてから6年と8ヶ月が経っていた・・・
の続きです。


406: 334 2010/10/27(水) 22:03:19
通夜が始まり、友人知人たちが沢山来てくれた。
妻の好きだったミニーの気ぐるみパジャマを着せ(妻との約束)ミッキーとミニーのブライダルペアマスコットを添えてあげた。
それも父は気に食わないらしい。
通夜が終わって、僕の友人が残ってまで力づけようとしてくれていた。
義兄は来てくれていた。義母は来なかった。
遺影選びで不貞腐れた父は、通夜が終わるとさっさと自宅へ戻り、酒を飲んでいるらしい。
僕の友人たちは義兄と面識が無い。当たり前の話だが。
その友人たちに義兄が絡んだ(素面なのに)。
「お前ら、何人の顔ジロジロ見とるんじゃ!!」まるでヤ○ザの因縁である。
二者を隔離して、友人たちに詫びた。
喪主はとにかく忙しい。悲しんでいる暇すらなく、目まぐるしく立ち回る。
すると自宅に戻っていてくれた弟夫婦と何かあったらしく、
弟に父が切れ、取っ組み合いの喧嘩をした後、家を飛び出した、との電話。
飲みに出掛けたらしい。

じっと妻の傍で静かに悲しみをこらえる息子だけは、そっとしておいてやりたかったので、
それにのみ気を配り、後は機械的に動いていた。





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このお話は
【1/3】俺『長い間、良く頑張ったね。お疲れ様。』妻の長い戦いは終わった。癌が見つかって余命3ヶ月、長くて半年、と言われてから6年と8ヶ月が経っていた・・・
の続きです。


371: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/21(木) 15:34:24
>>332です。
応援して下さる方々、有難うございます。

妻の終末医療が始まった。
搬送されたときのショック症状も和らぎ、安静にして眠っている状態。
担当医の意見では、
「腸間膜に豆が撒かれているように一杯転移している。手術などで取りきれるようなものでは既にない。
それが腸へ栄養を運ぶ血管を圧迫して塞いでいる状態。遠からず腸が壊タヒをして、
恐らくはそれが原因となるタヒ、ということになるだろう」とのこと。

一月持てば良いほうだそうだ。
それでも覚悟の出来ない自分。しかしそれよりも、妻との約束で僕は頭が一杯だった。
「苦痛だけでも取って頂ける方法というのは在るのでしょうか?」と尋ねると、
「もう、小腸から先は機能していないと思われますので、何も食べられないし、飲めません。
点滴で維持するのみですが、それでも段々と弱って来るでしょう。苦痛の方ですが、
痛みについては、モルヒネなどのパッチや点滴を使うことにより和らぐものと思います。
ただ、どうしても痛むようでしたら、そのときは最後の手段として、ドルミカムを使って意識レベルを下げる方法があります。
ただ、そうなると、もうずっと眠っていることになりますから、お話も出来なくなります。」とのこと。
…妻との約束、それにはこの方法しかないということらしい。

必ずやって来るお別れに対して、カウントダウンが始まった。僕たち家族の時間はどんどん減っていくのみだ。

続きます。




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※このお話には続きがあります。続記事22:00


334: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/10/19(火) 20:31:03
自分語りスマソ。
話の始めはスレ違いに思えるかも知れないが吐き出させてくれ。

10年前の春、私(♂)夫婦と同居している私実両親のうち、母が3年の闘病の末亡くなった。
俺様な父は自分の妻の葬儀にも喪主を私にマル投げ、面倒なことは全て私と妻がやり終えた。

居なくなった母の家庭内での役割を出来るだけ私達夫婦で分担したつもりだが、
私には仕事もあるので、夕飯時などは妻が家事を一人でこなしていた。
父は止める母が居なくなったのを良いことに朝昼晩と酒を絶やさなくなった。

後から判ったことだが、どうやらその頃から、舅の嫁イビリが在った模様だ。
妻は、当時独立してまもなく自営業を軌道に乗せようと必死になっていた私に心配を掛けまいとしていたらしい…

母が春に亡くなり、その夏、妻の身体に異変が起きた。

末期の癌であり、早くて3ヶ月、もって半年だと言う。


長くなるので、分けて書きます。




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